フランクフルトから/Grüß aus Frankfurt

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2010 ARAニーダーライン、ブルベ600km完走なるもタイムオーバーで失格,その2

2010年5月22日(土)、23日(日)、24日(月)・・・・10月2日(土) 完結

5月21日(金)の 21:00 にスタートした ARAニーダーライン。600kmブルベは22日(土)の午後にDFN (do not finish)が確定した。

後日主催者の情報によると、
時間内完走、タイムアウト完走、中断がそれぞれ3分の一だったそうだ。
ということは自分の成績はそれほど悪くない。

その後ゴールまでと、翌日(24日)の記録。



登りをくりかえしたあと、タイヤバースト地点を通り過ぎる。
その先、231.6km、再びルクセンブルクに入った。

238.7km, クラウンドルフ(Kraundorf)を過ぎて急勾配が始まった。14-5%位ありそうだ。
登り切って平坦になった。良い天気だ!

キューシートには
注意!人造湖への急な下り。
とある。気持ち良く一気に下った。人造湖、ラック・シュール・シュレー (Lac sur Sure)が木の隙間から見える。

降りた先は244.6km,エッシュ・シュール・シュレー (Esch sur Sure)だ。

大きなカーブを登っていく。もう脚が終わっていて6km/hしかでない。膝が痛む。
地元レーサー2台に抜かれたあとMTBにも抜かれてしまった。

ついに押して歩く。休憩、握り飯をほおばった。
突然すごい音がしてモーターバイクが何十台も通り過ぎていった。
少し経ったら同じ連中と思われるバイクが降りてくる。
集団で公道レースをしているらしい。
自転車に乗っているとバイクの音が怖い。

251.3km, エッシュドルフ(Eschdorf)
ホテルで水をもらう。空になった水筒も満タンだ。

258.8km, メルツィッヒ (Mertzig)
また登りだ。でもここのはすごい。12%越えている気がする。ついに押す。
頂上近くでダウンした。町のはずれ、傾斜にある小さな公園に入りベンチで握り飯と煎餅をほおばる。
30分睡眠・・・・・・・直射日光のもと、仰向けに寝たので顔が真っ赤に日焼けした。

登り降りを繰りかえしながら,やっと下り基調になったらもう日が落ち始めた。
21時頃だったか「そろそろ夕食を」と谷底の道を下っていくと良さそうなホテルレストランがある。

294.8 km、ミュラータール (Müllerthal)の Hotel Restaurant "Le Cigalon"。

どうせDNFなのでゆっくりと食事した。
汗とほこりまみれ、少し寒いけれど道路沿いのテラスの席を取る。
スープとメインをとったが内容に記憶が無い。

夜間走行の準備をして出発した。

CP 3, 309 km, エヒターナッハ (Echternach, 06:17 - 17:36), DNF

同じブルベのコースを走っていても、DNFが確定するとスピードは落ちるしキューシートもいい加減に見るようになる。現金な物だ。
で、この町で迷った。トイレにも行きたくなる。
23時なのに土曜日なので人通りが多い。
なんとかタバコの煙の少なそうな店を見つけて紅茶をすする。

309.7 km、エヒターナッハー・ブリュック (Echternacherbrück)
エヒターナッハはルクセンブルク側の国境の町。町外れのSauer(ザウアー)川を越えるとドイツだ。
ドイツ側は『エヒターナッハ橋(ブリュッケ)』という意味のれっきとした町。

町の喧噪が過ぎ去って、真っ暗な山道に入る。ここはドイツ・ルクセンブルク自然公園,昼間に走ったら美しそう。
といっても幅の広いゆるやかな勾配の道路を時折すごいスピードで車が追い越していく。エヒターナッハで飲んできたんだろうな。(こわっ)

314.1 km、イレル (Irrel)で右折。
さらにアイゼナッハ (Eisenach)方向に左折すると、登りが続いている。
数百メートルで気力が無くて走れなくなってしまった。眠い!
ちょうど道ばたに休憩スペースがあって、コンクリート製のベンチとテーブルが一組設置されていた。
ベンチに寝袋を広げ、できるだけ着込んで横になった。夜中の0時半頃だったと思う。

ガツン!、衝撃があった。地面に落ちている。寝返りを打って落ちたらしい。
怪我はないようだ。ホッ!

あまりの寒さに五時半頃目が覚める。
寝袋は夜露で濡れていた。

薄明かりの中を起きだし,冷えた握り飯で朝食。寒くて震えが止まらない。
ラーメンが食べたい!!!!

319.7 km,アイゼナッハ (Eisenach)
前回のニーダーザクセン400kmでCPに指定されていた、J.S.バッハの町アイゼナッハは旧東独にある。
ここは単に名前が同じだけの町。

小さな山々が連なって,森の緑の中に中小工場があちらこちらに見える。

335.8 km、トリアー・エーラング (Trier-Ehrang)に入った。
ローマ遺跡『ポルタニグラ』で有名なトリアー市の一地区だ。
ここでコースミス、2km程市の中心に向かってしまう。

コースに戻った。
モーゼル川に沿って東に,その後北上する。

ぽかぽかと暖かい。今朝の寒さが信じられない。
丘陵地帯で休憩、アーム・、レッグ・ウォーマーを外した。
最後の握り飯を食べる。

CP 4, 366 km, ヴィットリッヒ (Wittlich, 08:04 - 21:24), DNF

CP 4 の手前で、車の交通が怖くて平行するサイクルロードに入った。
これが間違いで変なところに連れて行かれ、ヴィットリッヒのまちの反対側から入ってあちこちさまよった。

この先は鉄道廃線跡に設置されているサイクルロードを北上する。
マーレ・モーゼル・自転車道 (Maare-Mosel-Radweg)だ。
参考HP:オフィシャルサイトPDFパンフレットWikiドイツ語版ラインラント・プファルツ州のサイクルロード・サイト内

さすがにサイクリストが多い。種類も多彩だ。
車が通らないのは素晴らしいけれど、結構一時停止が多い。以前は踏切だったところがすべて一時停止になっているようだ。

トンネルも何本かあるので,最初からヘッド,テール共点灯して走った。

397km、ギッレンフェルト(Gillenfeld)で我慢できなくなってレストランのテラスでビールを1杯飲んだ。
この付近の有名なビール、ビットブルガー (Bitburger) だ。F1の車にも広告が貼られていた事がある。(今は知らない)
周りの小さな地ビール醸造所などをどんどん吸収、大会社になった。なぜか味が落ちたように思う。
けど、この状況では、やはり う・ま・い !!!

405.2 km、ダウン駅。
サイクルロードの終点だ。
駅には元ドイツ国鉄の客車が鎮座していて,中はレストランらしい。

CP 5, 406 km, ダウン (Daun, 09:20 - 00:04), DNF
本来ならばフリーコントロール。
一応町に入ってみた。(300m位ね)

ダウンを出ると、道標に見慣れた地名がみえる。
ビットブルク (Bitburg 前述のビールの町)
ニュルブルク (Nürburg)、ニュルブルクリング (Nürburgring) はF1にも使われる老舗オートレース場。

登り降りが続く。

場所と時間が記憶にないけれど、この区間で昼食をとったと思う。
434.1 km,アーデナウ (Adenau)だったかなぁ・・・・
久しぶりのまともなイタリアンだ。
テラスにはモーターバイクの連中がたむろしていて,ロードレーサーで入っていくとなんとなく場違いだ。

449.5 km,シュルト (Schuld)
見覚えのあるところだ。以前コンサートで来たことがある。
更に道標にもコンサート経験のある町の名前があった。
暑い!村に入った突き当たりのレストランで飲み物を注文した。コーラを半リットル一気に飲み干した。
トイレを済ませてすぐに出発。

坂を下りていくと、町外れの広場になにやら人が集まっている。
農業用トラクターのオールドタイマーの集会だった。
国道に併設のサイクルロードを走っていたら、トラクターが観客をトレーラーに乗せて併走し始めた。
大声で会話する。「競争しよう!」とか、「引っ張ってやるぞー」なんて声が聞こえる。

平坦のはずなのにスピードが乗らない。20km/hも保てない。
しばらくして、やはり緩やかな登りだと気がついた。それもだんだんきつくなってくる。延々と続く。

459 km、エッシェ (Esche)
小さな集落だ。通り過ぎて500m行くと分水嶺だった。

ここからオイスキルヒェンまではほとんど下りだった。(後で見たら22kmも下りが続いていた。)
この調子なら予想より早く着くかと期待。

CP 6, 482 km, オイスキルヒェン (Euskirchen, 11:52 - 05:08), DNF
ここもフリーコントロールだ。ニーダーラインはフリーコントロールが多いなぁ。

ここららは平坦基調だ。
低くなってきた太陽に向かって進む。

日が大分低くなったので夜間走行の準備をする。

キューシートと食い違っている気がしたけれど、なんとかヴェルドルフ (Welldorf)、531km、に到着。
でもこの町で決定的に迷った。何回も戻って走ってみるけれど分からない。
やがて一つの結論を出した。そしてそれが間違っていた!

北に向かうはずが南東に向かってしまい、ユリッヒ (Jülich)という町に入る。
この中で走り回ったために戻ることもできない。
突然キューシートが見えなくなった。ヘルメットライトのバッテリーが空になってしまったのだ。
考えてみればもう3夜目だし当然だ。
この先かなり暗いヘッドライトだけで走ることになる。

腹を据えて食事をすることにしたけど、もう23時少し前で中々良いところが開いていない。
やがてピッツエリアを見つけてヌードルを食べた。
最初は「もう閉店時間だから持ち帰りなら」ということだったけれど、若い女の子が2人入ってきたら急に態度が変わって店の中で食べさせてくれた。イタリア人め!(まあ自分でも同じ反応するだろうな)

キューシートを読み返し、とにかくエルケレンツ (Erkelenz), 550km, に向かうことにした。
通行人に道を聞いてから走るが、教えてもらった目印が見つからないまま随分と遠回りをした。
真っ暗な田舎道でまた迷う。
やっと車が一台通りかかった。オランダ国籍の車だったけれど,この辺の地理をよく知っていて助かった。

ある村に入ると、見覚えのある町並みが見えた。ホットルフ (Hottorf), 540km, だ。
2日前、リカンベントのオランダ青年がパンク修理をしていたところだ。

ここでも村を3周して確かめ,村を出た後もう一度村に戻って確認した。どうやらコースに戻ったようだ。
ここからしばらく往路を逆に走るので気が楽だ。

でも・・・・エルケレンツ (Erkelenz), 550km, の手前で1回コースミス、左折してしまった。
これで1km往復、計2km余計に走る。

ヘッドライトが電池切れ間近のようだ。
エルケレンツのガソリンスタンドで電池を買って,ギリギリセーフ!ついでに缶ビールとソフトドリンクもリュックに詰めた。重い!

ヴェークベルク (Wegberg), 558km, に入る直前、サイコンのスピードメーターが 0km/h を示している。故障だ。
その上、この辺りで『信号を左折、ヴァッセンベルク (Waaenberg)方面へ』というのが見つからない。
ヴェークベルクに入ってしまい、また迷った。何度も道を往復する内に眠くなってきて、どっちを向いて走っているのか分からなくなる。
ついに町の入口まで戻ってみたら、ちゃんと『ヴァッセンベルク (Waaenberg)方面』の道標が立っているではないか!
反対側から,つまりコース通り走って来る側には書いてないのだ。なんてこった。
やっとコースに戻る。

この頃からだっただろうか、両手がしびれて指に力が入らない。
特に左手、親指シフト(カンパなので)が全くできない。
このカンパニューロのヴェローチェ、コントロールレバーのカヴァーがハンドルとスムーズなカーブで結ばれない,つまり瘤ができている。この瘤が常時親指と小指の付け根に当たっていて,神経を痛めたらしい。
困ったものだ。

この先は『もうろう』としていたので、よく覚えていない。
誰か一緒に走りながら「どっちに曲がるか,走ってみて分かったら帰ってきてね」という声を何回も聞いた気がする。
何回も自転車を押してふらふらと歩いた。午前2-3時頃のようだ。

570km地点で右折、往路から分離し、デュルケン (Dülken)、574km,に向かう。何も覚えていないけど。

やっとゴールの村名、ヴァンクムが見えてきたのは再び往路と合流する少し前だっただろうか?
とても安心した。周りも明るくなって暖かくなってくる。

CP 7, 594 km, ヴァンクム (Wankum, 15:48 - 13:00), DNF

スタート地点/ゴール地点には当然誰もいない。午前5時頃だった。
草地の駐車場には自分の黒い車だけぽつんとあって、草も車も夜露でびしょびしょだった。
全部車に積んで,5分ほどペンションに向かって運転する。

部屋に倒れ込んで全部脱ぎ捨て、リュックサックを重くしていたビールをあおる。
そのままベッドで寝てしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝9時頃か、シャワーを浴びて朝食はひとりぼっち。

ペンションのオーナー老夫婦はこれからサイクリングに行くという。
奥さんはお化粧をして着飾っている。
旦那はもう力がないので電動アシスト車だ。

精算を済ませ、荷物は全部車にいれる。

思いっきり自転車を走ってきたはずなのに、なんだか物足りないので、近所をポタリングで流した。
夜の寒さとはほど遠い、心地よい暖かな日差しを、涼しい風が通りすぎていく。
牛がのんびりと草をかんでいる。

隣村まで行くとそこは綺麗な古い町で、この地方の煉瓦造りが美しい。

その中の一軒がレストランになっている。
ゆっくりと昼食を摂っっていると・・・・

電話が鳴る。かみさんからだ。
「今晩オペラ弾くことになってるの覚えてるね?」
??????!!!!!!!
やばい、首席同僚と仕事を変わっていたのをすっかり忘れていた!!!!!
時計を見ると,オペラ開始まで約5時間、415km程だから、飛ばせば何とかなるはず。

急いで勘定を済ませ、車まで自転車を飛ばす。


フランクフルトに着いたのはオペラ開始の1時間ほど前。
急いで着替えて最高級ママチャリで仕事に行った。

18:30, ヴェルディ作曲『ドン・カルロ』を弾いた。
指揮はイタリアの名指揮者、カルロ・フランチ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コースミスにより40km以上長く、計640kmを56時間で走った。


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by ichironoda | 2010-05-26 21:55 | 自転車(ブルベ)/Fahrrad
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フランクフルト市立オペラ首席コントラバス奏者、ヴィオラ・ダ・ガンバ/ヴィオローネ奏者、野田一郎が、お知らせ、独り言、ドイツ・フランクフルト事情を発信します。


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